徳島のホワイトハッカー もうひとつの四半世紀 ~ ティエスエスリンク | ScanNetSecurity
2024.05.17(金)

徳島のホワイトハッカー もうひとつの四半世紀 ~ ティエスエスリンク

百年に一度の大雪のため取材を断念せざるを得なかった徳島のセキュリティ企業ティエスエスリンク社もまた、その四半世紀にならんとする社史は負けず劣らず波乱に富んでいる。晴天の青空よりは風雪の日が多かったはずだ。

製品・サービス・業界動向
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  • 2022 年 12 月2 桁台の積雪が観測された徳島県
  • 株式会社ティエスエスリンク 取締役 徳田 俊康 氏

 2022 年 12 月のクリスマスの週にセキュリティ企業の取材で本誌編集部が徳島県を訪れたその当日に、徳島県の広い地域で大雪が降り、その積雪は 10 センチに及んだ。

 12 月に 2 桁台の積雪が観測されたのは 106 年ぶりの出来事であると地元徳島新聞が報じた。後日、この積雪量は観測史上初であったことも発表されている。

徳島駅前のヤシの木、大雪、そして赤信号

 試しに 106 年前を調べてみると日本は大正 5 年(1916 年)、世界情勢は第一次世界大戦の真っ只中。科学や技術の出来事を挙げれば、前年にアインシュタインが一般相対性理論を発表。豊田佐吉がこの頃、豊田自動織機を完成させている。世界最初のプログラマブル電磁式コンピュータ Z3 が作られるのが 1941 年と、四半世紀を待たなければならない。

 都心とは交通事情が異なるから移動はほとんど自動車であり、取材はおろか対面することも雪で難しくなった。タクシーと歩きで家まで押しかけようかと思ったが明らかな迷惑行為である。滞在日数を延ばすことも難しかったから、ただ羽田から飛行機で徳島に行き一泊して帰るという個人的にも生涯忘れられないホワイトクリスマスの思い出となった。ホテルの窓から猛烈に降る雪を眺めつつ、羽田空港で手土産として買ったチョコレートケーキを完食すること以外できることはなかった。

 インタビューをする予定だったセキュリティ企業の取締役の人物と広報担当者は「さすが SCAN さん」「やっぱり SCAN さんは持っておられる」と口をそろえた。どこか嬉しそうでもあった。

 よりにもよって百年に一度の大雪の日に東京からわざわざ飛行機で取材に訪れたという最高に間の悪いこの状況を、あたかも芸人に笑いの神が降りてでもきたかのような、何か特別なものを感じているような口調でもあった。

 株式会社ティエスエスリンク 取締役 徳田 俊康(とくだ としやす)が言った言葉が「さすが SCAN の記者さんは持っておられる」ではなく「さすが SCAN さんは持っておられる」であったところがポイントだったと思う。確かに本誌 ScanNetSecurity は持っているかもしれない。

 創刊以来 SCAN という媒体は、売却に売却を経る過程で 10 回弱も社長が次々と交代を続け、一度は親会社の社長が経済犯罪で逮捕され、有罪判決を受け服役したし、挙句の果てには親会社が投資ファンドから株式公開買付で経営権を乗っ取られるという他の Web 系媒体ではあまり類を見ない経験もした。

 特殊なタイプのツキを持っていることは間違いあるまい。

 だが一方で、百年に一度の大雪のため取材を断念せざるを得なかった徳島のセキュリティ企業ティエスエスリンク社もまた、その四半世紀にならんとする社史は負けず劣らず波乱に富んでいる。晴天の青空よりは風雪の日が多かったはずだ。

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 1999 年 11 月、ティエスエスリンクの前身となる株式会社トリニティーコミュニケーションを創業した林 元徳(はやし もとのり)は徳島県出身、関西学院大学を卒業後、地元の地銀大手、阿波銀行に入行した。日本興業銀行ニューヨーク支店への 2 年間の出向などを経て、後に徳島が生んだベンチャー企業の株式会社ジャストシステムに転職、さらにゲーム会社の株式会社スクウェアに転じた。

 スクウェア社で、ゲームソフトの海賊版の横行の惨状を目にした林は驚愕し、ゲームの海賊版に限らず、インターネットや社内ネットワークなどを介してやり取りされる様々なデータやファイル全般の不正コピーをブロックし、権利やセキュリティを保護するビジネスの着想を得る。

 1999 年にトリニティコミュニケーションズを起業すると、デジタルコンテンツへの不正なアクセスやコピー防止のための暗号化等の技術開発を開始する。翌 2000 年にその技術は、徳島ニュービジネス大賞の最優秀賞を受賞、賞金 1,000 万円を受け取った。

 2002 年に社名を株式会社トリニティーセキュリティーシステムズへ変更すると、同年 8 月に画像コンテンツを保護する「Pirates Buster for Picture」、9 月にデジタル文書を保護する「Pirates Buster for Document」、11 月に Web サイトを保護する「Pirates Buster for Web」と全方位的にコンテンツ保護を行う 3 製品を矢継ぎ早に発売。市場にインターネット時代の海賊(Pirates)行為を撲滅(Buster)せんとする価値発信も行った。

 徳島ニュービジネス大賞を受賞した 2000 年の 10 月 17 日の徳島新聞には、林の談話として「2 年後の株式上場を目指す」と書かれている。徳島には起業の気風があり、大塚製薬や日亜化学工業ほかの大企業をこれまで輩出してきた。加えて、ベンチャー企業の星 ジャストシステムがワープロソフト「一太郎」の大ヒットで 1997 年に株式上場を果たしたばかりだった。この記事は林の目標であったと同時に、「もうひとつのジャストシステムを」という、徳島新聞および徳島県が見た夢であったとも思える。

 だが、その上場の夢がかなうことはなかった。

 ティエスエスリンクの沿革は大きく 3 期に分けられる。第 1 期は創業期で 1999 年のトリニティコミュニケーションズ設立から、暗号技術開発を経て、2002 年のトリニティーセキュリティーシステムズへの社名変更までがこれにあたる。

 そして第 2 期は、株式上場を目指した会社の発展期だ。高知工科大学と産学連携で研究開発を進めた高速認証暗号通信装置「IPNTK(https://shingi.jst.go.jp/pdf/2016/2016_cictokyoA_10.pdf)」をもとに、セキュアルータ「IPN - R100」や、セキュア Wi-Fi システム「IPN - W100」などを発売し、2007 年に IPN - W シリーズは四国銀行などの金融機関へ採用された。その一方で 2004 年にはテープによるバックアップを提供する日本システムハウス株式会社を買収、社員数 100 名を超える体制に拡大した。

 しかし、次々と IT ベンチャーが株式上場を果たした「IT バブル」は過去となっていた。2006 年にはライブドアショックが起こり、IT 等の新興銘柄のみならず日本の株式市場全体に冷水を浴びせてもいた。

 同社が上場を断念した時期とほぼ重なる 2008 年の秋 9 月 15 日には、投資銀行のリーマンブラザーズホールディングが経営破綻し、世界恐慌以来と言われる国際的な金融危機へ発展、事業環境は史上最も厳しい豪雨または猛吹雪にさらされることとなった。

 株式会社ティエスエスリンクは、トリニティーセキュリティーシステムズからパイレーツ・バスターを開発・販売していた、ソフトウェア事業部門を分離して 2008 年に設立された。そこで開発責任者となったのが、今回取材協力を得た同社取締役 徳田である。徳田にとって黒字化までの道のりは厳しいものだった。

 2011 年、同社グループは、その創業者を突然に失う。4 月 22 日、林 元徳 社長が倒れ 6 日後に急逝した。志半ばのまだ 51 歳。経営者としては若すぎる年齢だった。

 やがて「ソフトウェア開発の責任者」であったはずの徳田の業務は徐々に拡大、実質的「社長代行」として、その後 15 年に渡ってティエスエスリンクを支え続けていくことになる。

株式会社ティエスエスリンク
 取締役
 ソフトウェア事業部長
 開発部長
 管理部長
 営業部長

 これが 2023 年取材時点の徳田の肩書である。ここまで来るとむしろなぜ社長ではないのかと誰しも思う。

 徳田のもとでティエスエスリンクは黒字化を果たした。組織体制を整え、少しずつ成長を遂げるところまで事業を向かわせることにも成功した。徳田は技術者であり、経営のプロではない。彼が取った戦略は極めてシンプルなものだった。

 ティエスエスリンクにはプロダクトが存在しており、それを買ってくれる顧客もいる。セキュリティに目端の利く大企業も顧客の何割かを占める。

 徳田は、販売のための資源を Web に集中させた。いまとなってはあたりまえの Google AdWords などを利用したオンラインマーケティングに振り切ったのである。製品には競争力があり独自性もある。売りに行くというよりは「見つけてもらう」という方針だ。実際に見つけてもらえれば一定確率で商談につながった。

 また、製品が保護する対象を、高付加価値の知的財産を扱う製造業や、住民データを扱う自治体などにおける、社内ネットワーク環境のもとでのコンテンツ保護に注力した。

 さまざまな外資系の DLP 製品にはじまり、日立の秘文、NEC の InfoCage など、並み居る競合製品と並んでティエスエスリンク製品は独自の存在感を示していく。

 時は流れて 2023 年の現在、暗号化ソリューションを用いるよりは、CASB で外部ストレージへの接続をブロックしたり、資産管理ソフトなどでユーザーログやスクリーンショットを記録するなどし、それらを従業員に周知するなどの手段で同様の効果(コピー等による知的財産の持ち出し等々を防ぐ)を実現するやり方も多くなっている。

 しかし、そんな状況下でも、純国産のセキュリティプロダクトであるティエスエスリンク製品は、老若男女知らぬ者のいないグローバル製造業を初めとして、全国の自治体ほかで広くそして長く使われ続けている。何よりも、CASB や資産管理ソフトなどによる端末監視等と比べてはるかに安上がりである点も支持されている。

 ティエスエスリンクは、既存製品の Pirates Buster シリーズに加えて、キャプチャやプリント、オンラインストレージへのアップロード等を制御する「コプリガード」を 2010 年に、暗号化によるセキュアなファイル共有を行う「トランセーファー」を 2014 年に発表している。いずれの製品も、これまでの同社製品の世界観を変えるイノベーションというよりは、既存の製品群の足りない部分を良心的に補足する製品である。

 インターネット黎明期に、ある ISP の社長インタビューでこんな話を聞いたことを今回の取材で思い出した。

 取材の話の流れで、その ISP ではセキュリティサービスを始める予定はないのかという質問になり、その ISP のイメージキャラクターであった、ピンクのクマのぬいぐるみをキャラクターに使ったアンチウイルスソフトなどを提供したらユーザーは喜ぶのでは、と話を向けると、そういう予定はありませんと、その社長はきっぱりと否定したのだった。

 理由を尋ねると、たとえサービスを始めてユーザーをたくさん集めることができたとしても、その後サービスを継続的に運用するための技術力や開発力の維持、そして何よりもセキュリティサービスは、一度始めてしまうと、たとえ収支が悪化したからといって、簡単には撤退やサービス中止ができない。セキュリティはユーザーに対する責任が重い。だからそういう領域には手は出さない。そういう話だった。

 なるほど、そういうものか、くらいにしかそのときは思わなかったのだが、今や、顔も完全に忘れてしまった社長のその言葉は、その後 10 年 20 年とくり返し思い起こすことになった。

 セキュリティサービスや製品のユーザーに対する責任。徳田とティエスエスリンクのスタッフが過ごした時間こそ、まさにそれを果たした年月だったと思う。

追伸

 ティエスエスリンク社の製品は、スクリーンショットを無効にしたり、印刷できないようにするなど、Windows OS の標準仕様の「裏をかく」機能で構成される特殊な製品群ばかりである。

 そのためコントロールしたい各種機能(スクリーンショットや印刷、コピー&ペースト等々)を深く理解してそれをブロックするような技術が必要となるのだが、それらの方法は Microsoft はもちろん、誰も教えてくれないため、自ら試行錯誤して発見するしかない。

 しかもようやくそれを発見して首尾良く機能制御を実現しても、その前提となる Windows OS は 3 年に一度はメジャーバージョンアップされるから、そのつど全てリセットされてゼロからのやり直しになる。

 スクリーンショットや印刷を禁じるという、一見地味な機能を安定して供給する裏側では、熾烈な Windows OS との戦いが隠されており、毎回「誰も知らないやり方」を見つけることが義務付けられているという点で本誌は同社技術者達を「徳島のホワイトハッカー」と呼んでこれまで複数回取材を行っている。

20年間 Windows OS の裏をかき続けた徳島のホワイトハッカー
https://scan.netsecurity.ne.jp/article/2022/04/13/47461.html

徳島のホワイトハッカーが Google「Manifest V3」に挑戦し勝利するまで
https://scan.netsecurity.ne.jp/article/2022/07/06/47852.html

ファイル暗号化ジャンルの第 4 世代型戦闘機「トランセーファー」
https://scan.netsecurity.ne.jp/article/2022/10/19/48361.html

株式会社ティエスエスリンク 取締役 徳田 俊康 氏
《高橋 潤哉( Junya Takahashi )》

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